なぜ遅ればせ需要に見たのか

配慮しようとしまいと、人間はいつも大事な土産を心のどこかにしまっていて、時どき忘れないようにそれを夢に見る。
需要に出てきた人間は大学時代の講義の男性だった。当時ほとんど話すことのなかった仲間であったが(色恋と話すことが下手くそだった)、不愉快タイプではなく皆やさしくまさしく”男的”だった。
一体需要で何をしていたかと言うと、皆でモデルに乗っていた。こちらはお手伝い台にいて、操作台って後部シートに男子陣。学徒の時は美少年揃いで気後れして一部分という向かって話せなかったが、需要では楽に余談していた。恐るべし。
再び会わなくなって至って経つのに、なぜ遅ればせ需要に見たのか。およそ連中の現況をSNSで垣間見たからか。未だに皆繋がりが良くて、ふれ合いもあって打ち上げなんかもやるんだろう。
人見知りして引っ込み思案なキャラクターだったから、多くの出会いがあった中で話をして近しくなれた人間はほんの少しだった。可愛らしく言えば少な目で、酷く言えばPMAがない。
人間はおとなしいみなさんを、それが良い所ですとか言って得る。一方で忍耐したり遠慮する結果負けることもあるよといった教えてくれた。
その需要にどんな意味があったのかは知れないが、自分勝手に解釈するとすれば、どんな時も永久でないから、一刻一刻を楽しむ。後悔しないように通じる。そういったことを教えてもらった気がする。ですから、これからは自分に正直に通じるんだ。ちゃんは万全。美人だから。折々誰かがくれた諺を胸に、正面へすすむ。
あの歳月出会えた大切な講義のメンバーへ。現下また逢う機会があれば、あのあたりよりはまだまだ利口な交信が出来る気がするから。ですからそれまでに、惜しくも大人に生まれ変われるみたい始めるね。http://www.iperclub.biz/